音の絵葉書|シベリウス《ロマンス》北欧に響く静かな祈り

シベリウスという存在

ジャン・シベリウス(1865-1957)は、フィンランドを代表する作曲家の一人です。交響曲や交響詩《フィンランディア》などで知られ、管弦楽作品だけでなく、歌曲、室内楽、ピアノ曲も残しました。

フィンランドの自然や国民的な題材との結びつきは、シベリウスを語るうえで大切です。ただし、個々の作品を「森」「湖」「祈り」だけで説明するのではなく、実際の音の動きに耳を向けることも必要です。

《ロマンス 変ニ長調 Op.24 No.9》

この記事で取り上げるのは、ピアノ独奏曲《ロマンス 変ニ長調 Op.24 No.9》です。Op.24を構成する10曲のうち第9曲で、専門資料では1901年に作曲された作品とされています。

同じシベリウス作品には、弦楽合奏の《ロマンス ハ長調 Op.42》など、別の「ロマンス」もあります。曲名だけでは取り違えやすいため、調性・作品番号・編成を合わせて確認することが大切です。

響きの移り変わりを聴く

冒頭では、歌うような旋律と和音の重なりがゆっくりと進みます。そこから音楽は次第に厚みを増し、静かな場面だけでは終わらない広がりを見せます。

「北欧の森」や「月明かり」を思い浮かべる聴き方もできますが、それは筆者の連想であって、作品に一つだけの物語が定められているという意味ではありません。旋律、低音、内声、和音がどのように動くかを追うと、それぞれの聴き手に異なる景色が現れます。

ここでは、ピアニストのレイフ・オヴェ・アンスネスによる演奏をご紹介します。静かな始まりから響きが広がっていく過程へ、耳を澄ませてみてください。

静けさは、音が少ないことだけではない

この曲には穏やかな部分と、感情が大きく動く部分があります。静かな作品と呼ぶときも、全曲が同じ表情で進むわけではありません。響きが高まり、再び落ち着いていく流れまで含めて聴くことで、余韻の深さが見えてきます。

友人へ贈られた《ロマンス》

《ロマンス》は1901年12月、シベリウスの友人アクセル・カルペランへのクリスマスプレゼントとして書かれ、翌1902年3月に出版されました。

後に多くの人が演奏する作品となった曲にも、最初は一人の友人へ音楽を贈るという、親しい時間がありました。その背景を知ると、華やかに響く場面だけでなく、語りかけるような旋律にも違った温度が感じられます。

ただし、音から具体的な物語を一つに決める必要はありません。誰かを思って書かれたという事実を心の片隅に置きながら、自分の記憶や風景を重ねて聴くことも、この曲の楽しみ方の一つです。

小さな作品に宿る大きな世界

シベリウスは交響曲や管弦楽作品で広く知られていますが、生涯を通して150曲を超えるピアノ独奏作品を書きました。その多くは、家庭や小さな演奏の場でも親しまれる短い作品です。

作品の規模が小さいことは、音楽の世界まで小さいという意味ではありません。短い時間の中で、旋律が歌い、和音の色が変わり、静けさから大きな高まりへ進んでいきます。《ロマンス》は、そうしたピアノ小品の魅力を感じさせる一曲です。

長い交響曲を聴くときとは少し違い、一つの旋律、一つの和音、一度の呼吸へ近づいて聴く。そこには、小品だからこそ見えてくるシベリウスの表情があります。

余韻

小さなピアノ曲の中にも、光と影、静けさと高まりがあります。題名から物語を決めつけず、音が変わっていく時間そのものへ耳を澄ませてみてはいかがでしょうか。

お読みいただき、ありがとうございました。

Words by Roy

参照資料

フィンランド国立伝記「Jean Sibelius」
Breitkopf & Härtel「《ロマンス Op.24 No.9》校訂版解説」
Breitkopf & Härtel「Selected Piano Pieces 校訂版解説」
フィンランド音楽図書館協会「Jean Sibelius 統一典拠資料」
Leif Ove Andsnes公式YouTube「Romance, Op.24 No.9」